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今日を入れて [monologue]

あと3日で2016年も終わり

本当に終わるの?っていうくらいに実感がない...

2017年が2016年の変わらない続きみたいになってはいけない

間もなくやってくる来年は酉年

でも鶏は空を飛べないんですね

飛べずに地を這うような一年にならないようにしたい

「飛ばねぇ豚はたたの豚だ」と、ポルコ・ロッソさんが言っていました

僕は豚ではありませんがこのままでは鶏はおろか豚にさえなれない

それ未満です

生物としてただ生きている、とりあえず死んではいないという状態ではなく、

存在している理由のある

人として意味のある生き方を成し遂げたい

そうここに願う


「3人のゴースト」 [monologue]

と言われてももしかするともうご存知でない方も多いかもしれません

「クリスマスキャロル」を原題に舞台を1988年のニューヨークにして作られた映画で、

ファンタジーというより結構なドタバタコメディーなのですが、

決しておばかなB級映画などではありません

とても感動させてくれるんです

テレビの映画番組が全盛だった頃、

クリスマス近くによく放送されていて僕もそれで観てました

季節感が少なくなったのはテレビの世界も同じみたいで、

クリスマスにちなんだ映画を観る機会も少なくなりました

ご存知でない方はぜひこの機会に

昔観たことのある方はもう一度

ぜひご覧いただきたいお勧めの映画です

まずこちらであらすじをお読みになりそこから予告編をご覧いただくと分かりやすいと思います→

それでは、どうぞ



登る理由を聞かれたら [猫さん動画]

きっとこう答えることでしょう

「そこにクリスマスツリーがあるからさ」

そういえば毎年ケーキは欠かさず食べるけど、

クリスマスツリーはいつの間にか飾らなくなったな・・・

プレゼントをあげることももらうこともないし・・・

来年は原点に立ち戻り(?)

クリスマスとしてあるべき姿、

クリスマスらしいクリスマスを過ごしたい

Merry Christmas !

どうか素敵な聖夜を!



年末に [monologue]

PCの調子が悪くなるのって非常に痛い…

タブレット端末もあるけど文字入力はやっぱりキーボードの方が楽ですね

明日弟にPC を診てもらうのですが何とか復調して使い続けたい…

自分へのプレゼントならまだしも、

クリスマスイブの日に買うようなものでもないから…

クリスマスはケーキとささやかなご馳走の日になっています

誰かにも自分にもプレゼントを渡せてないな…

来年は…今年の全てを帳消しにしてしまうくらいの素敵なクリスマスとなりますように


この週末に [monologue]

用事があって街中へと出かけてきました

クリスマスまで一週間あまりとなりましたが・・・

街を歩いてもクリスマス感が全然感じられなくてさみしい

飾り付けなどはちゃんとしているのですが・・・

何か心のこもった感じがしていないんです

道行く人も特にウキウキワクワクしている訳でもなく、

ただの365日の一日になってしまってる

僕だけがそう思っているのかな・・・

大人になった今も子供の頃のクリスマスの楽しい思い出が忘れられなくて

一人でウキウキワクワクしている自分がいます

でも年々、現実との差を感じてしまうんです

たとえ上手くいかない、だめなことの方が多い一年だったとしても

クリスマスだけは楽しく幸せな一日であってほしい

自分、僕が知っている人、知らない人

誰もが、全ての人が

せっかくの飾りつけが・・・ [猫さん動画]

参上じゃなかった惨状な現状に・・・

部分的にCGも使っているのかもしれませんが基本実写なのが凄いと思います

日本と違って外国のCMにはナレーションがなく最後にコピーだけが入るというのがよくあります

さてこのCMのオチはなんでしょう?

最後の最後に出てくる子のかわいいお姿にも注目です



カタカナで [monologue]

サボテン

と書くよりも

ここはやはりひらがなで

さぼてんと書きたい

無意味かもしれなけれどちょっとしたこだわり

最近ふと気づきました

自室には“緑”が無い・・・全く無い・・・

ということで今日からさぼてんさんと一緒に暮らしています

名前は・・・まだ、無いです

_IGP0467.JPG

たくさんのさぼてんが置いてありましたがこの子が一番のお気に入り

一目見た瞬間で決まりました

綺麗だと思いません?

美人ならぬ美さぼてんです

さぼてんには意識、感情があるという話を聞いたことがありますが、

僕には真実に思えてなりません

耳に聞こえる声はなくともきっとお返事してくれていることでしょう

毎日お話ししようと思います

見てると不思議と落ち着いてくる

何だかいろいろなことを・・・洗い清めてくれるよう

FUJICを [monologue]

ご存知ですか?

日本で初めて開発された(1956年)コンピューターのことで、

現在は上野の国立科学博物館で常設展示されています

博物館で初めて見た時“FUJIC”の名前からてっきり富士通が作ったものと思ったのですが、

説明を読むと実は富士フィルムで作られたとあって驚いた記憶があります

どうして富士フィルムが?と思いましたが説明を読んで納得しました

実は写真用レンズの設計には高度で複雑な計算が大量に必要になります

コンピューターの無かった時代歯車で動く機械式計算機と人海戦術で計算をしていたのですが、

高級なレンズになると計算だけで数か月かかることもあり、

この計算を自動化できないだろうかというところから開発が始まったのです

当然会社の総力を挙げて・・・となるところですがFUJICの凄いところは、

実は一人の社員の方がほぼ独力で作り上げたものだということです

当時日本にコンピューターは輸入されたものさえ一台もなく、

数少ない論文や雑誌記事を集めて独自に研究を重ね、

通常業務(レンズ設計)の合間や休日を利用して開発を続けていたのです

時代が違うといえばそれまでですがとても夢のあるお話しだと思いませんか?

やがて開発者の方は富士フィルムを離れNECに転職し、定年退職後は大学の教授となりました

当時を振り返る晩年のインタビューでなぜか「ご趣味は?」と質問され、

「日本式ローマ字運動」と答えたのですがこれは何かというと、

「日本の子どもたちは漢字を覚えることにものすごい労力を割いているため時間をムダにしており、
習ったとおりに書かねばならないため創造力が養われない」

という持論から日本語を漢字ではなくローマ字で表記しようといういう運動に携わっているそうです

生涯人間の創造性を信じ、深く追求していた方だったのですね

でも僕は思うんです

覚えるためにとだけ考えたらたしかにすごい労力だと思います

でもこの漢字はどうしてこのように作られたのだろうと考えるきっかけを大人が与えるような、

そういう教育ができれば漢字こそ創造力を養わせるものになると思うんです

漢語辞典を開いてみるだけでもとっても面白いです

趣味とまではいきませんが高校時代に手にした漢語辞書を社会人になっても手放さず

今でも時々開いて知らなかった由来を調べようとするのは知るということが楽しいからです

形あるものを文字で表すのって創造力がなければできないこと

不器用ですが僕もなにかを創造してみたい

遅いとか早いとかはきっとないはず

そんなことを考えてしまってはそもそも創造などできないのですから

寒い・・・ [猫さん動画]

「心が寒い」ではもちろんありません

大丈夫です(多分?)心は寒くなっていません

このところの札幌、とっても寒いです

朝、布団をめくらなければならないのはもはや苦行の一環です

どうにかして温めなければなりません

それにはやっぱりお風呂

でもお風呂のお湯がなぜかたまらない

原因は意外なところにありました

犯行の一部始終をご一緒に目撃ください




 [monologue]

「義」という漢字

下部の“我”はぎざぎざの刃のある鋸で上部は“羊”を表しています

食するために使うものではありません

いけにえの神事において刃物を使って供物を処する様から、

厳粛な作法にのっとったふるまいの意味を表すのが「義」なのです

正しい事、人の行うべき正しい道(道理)、名利を離れ正しい道に従う者(義士)

あるべき行い、人としてやるべき正しいこととは本来「厳粛」なものなのです

厳粛というと重く感じるかもしれませんがそれでも「義」は大切にすべき

何故このことを綴ったかというと・・・

最近実家の車を手放すことになり買取のため数社に見積を出してもらいました

最終的に一社に決まったのですが営業の方との会話のなかで、

選ばれなかった場合断りの連絡が来ることはまず無いというお話を聞いたからです

業者さんから確認の電話を入れても電話に出てくれないこともざらなんだとか

フェアにいきたかったので僕は初めから複数の買取業者の方に見てもらっていること、

お願いする時はもちろんお断りさせていただく場合もきちんと電話をすることを伝えていました

それが仕事とはいえわざわざ来てもらっているのですから、

たとえだめでもそれならそれで連絡をしないのは義に背くことになる

義を大切にしないということは他者を大切にしないということ

誰もが誰をも傷つける社会になりつつあって、

自分が人から大切にされないと感じている人も多いと思います

仁、智、礼、義、信などというと重くて固く感じるかもしれませんが、

一人ひとりがもう一度見直すべきことではないでしょうか

義にはあいさつという意味もあります

あいさつと考えれば気軽にできると思いませんか?