大人 [岡本太郎さんの言葉]
大人になるまで目にふれ耳にしてきたすべてが、
ものを自分の魂で直接にとらえるという、
自由で、自然な直観力をにぶらせていることもたしかです。
ものを自分の魂で直接にとらえるという、
自由で、自然な直観力をにぶらせていることもたしかです。
個体と全体 [岡本太郎さんの言葉]
さまざまの条件のなかで、それぞれ彩りは違うけれど、人間はみんな孤独なんだ。
そして、何かの折に、孤独だなあ、と言いようのない寂しさを噛みしめる。
なぜ寂しいんだろうか。
人間はみんな孤りで生まれてきたんだし、結局は孤りで死んで行くしかない。
それが常態であるならば、寂しいはずなんかないのに。
ぼくは、それは人間はひとりだけでは全体になりえないからだと思う。
個体は完結しているように見える。
だが実はそうではないんだ。
そして、何かの折に、孤独だなあ、と言いようのない寂しさを噛みしめる。
なぜ寂しいんだろうか。
人間はみんな孤りで生まれてきたんだし、結局は孤りで死んで行くしかない。
それが常態であるならば、寂しいはずなんかないのに。
ぼくは、それは人間はひとりだけでは全体になりえないからだと思う。
個体は完結しているように見える。
だが実はそうではないんだ。
新しいこと [岡本太郎さんの言葉]
新しいといわれたら、
それはもうすでに新しいのではないと考えたってさしつかえないでしょう。
ほんとうのあたらしいものは、そういうふうに新しいものとさえ思われない、
たやすく許されない表現のなかにこそ、ほんとうの新鮮さがあるのです。
それはもうすでに新しいのではないと考えたってさしつかえないでしょう。
ほんとうのあたらしいものは、そういうふうに新しいものとさえ思われない、
たやすく許されない表現のなかにこそ、ほんとうの新鮮さがあるのです。
己について(その3) [岡本太郎さんの言葉]
自分を積極的に主張することが、
自分を捨ててさらに大きなものに賭けることになるのです。
自分を無にしてヘイヘイするという謙譲の美徳は、
すでに美徳ではないし、
今日では通用しない卑劣な根性です。
自分を捨ててさらに大きなものに賭けることになるのです。
自分を無にしてヘイヘイするという謙譲の美徳は、
すでに美徳ではないし、
今日では通用しない卑劣な根性です。
作品 [岡本太郎さんの言葉]
たとえどんな作品でもすばらしいと感じたら、それはすばらしい。
逆にどんなすばらしい作品でもつまらない精神にはつまらなくしかうつらないのです。
作品自体は少しも変わってはいないのに。
逆にどんなすばらしい作品でもつまらない精神にはつまらなくしかうつらないのです。
作品自体は少しも変わってはいないのに。
ごまかし [岡本太郎さんの言葉]
「心を入れ替える」
なんて言うのは卑しい
いったい、いつの心を信じればいいんだい?
ごまかしだよ
なんて言うのは卑しい
いったい、いつの心を信じればいいんだい?
ごまかしだよ
プライド [岡本太郎さんの言葉]
ぼくはプライドというのは絶対感だと思う。
自分がバカであろうと、それが自分だ、
そういう自分全体に責任をもって、堂々と押し出す。
それがプライドだ。
ところが自尊心だとか、プライドだとかいいながら、
まるで反対のことを考えている人間が多い。
他人に対して自分がどうであるか、つまり、
他人は自分のことをどう見ているかなんてことを気にしていたら、
絶対的な自分というものはなくなってしまう。
自分がバカであろうと、それが自分だ、
そういう自分全体に責任をもって、堂々と押し出す。
それがプライドだ。
ところが自尊心だとか、プライドだとかいいながら、
まるで反対のことを考えている人間が多い。
他人に対して自分がどうであるか、つまり、
他人は自分のことをどう見ているかなんてことを気にしていたら、
絶対的な自分というものはなくなってしまう。
己について(その2) [岡本太郎さんの言葉]
世のすべての中でもっとも怖しいものは己自身である。
あらゆる真実も愚劣も、己において結局は決定されるのだ。
あらゆる真実も愚劣も、己において結局は決定されるのだ。
言葉 [岡本太郎さんの言葉]
どんなことを言っても、
それが自分の本当に感じている生々しいものとズレているように感じる。
言葉はすべて自分以前にすでに作られたものだし、
純粋で、ほんとうの感情はなかなかそれにぴったりあうはずはない。
それが自分の本当に感じている生々しいものとズレているように感じる。
言葉はすべて自分以前にすでに作られたものだし、
純粋で、ほんとうの感情はなかなかそれにぴったりあうはずはない。






