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ジョンはウィットビーの旅館の亭主 [アンティーク]

ジェットといえばウィットビー。ウィットビーといえばジェット。同義語と言ってさしつかえないほどイギリス北東部ヨークシャー地方の海辺の町ウィットビーは良質なジェット(黒玉)の産地として商業的な採掘のとうに終わった21世紀の現代においてもなお高名であり続けています。

ジェットは人間との関わりがとても古い宝石で1万年前の石器時代の遺跡からもジェットで作られた装飾品が出土されています。ウィットビーにおいても紀元前1400年頃(青銅器時代)の遺跡からネックレスなどが発掘されています。やがて時代は下り紀元前43年イギリスは古代ローマ帝国に支配されることになります。ローマ人たちはジェットを「黒い琥珀」と呼んで珍重していましたが、当時から既にウィットビーは良質なジェットの産地として有名だったのです。

化石化したものとはいえ元は樹木であるため硬過ぎず(人間の歯と同じくらいの硬さ)、加工しやすいという特徴がありました。混じりっ気の無い黒一色なのに不思議と冷たさはなく、むしろ落着いた暖かみを感じさせてくれます。非常に軽く加工がしやすい、摩擦により静電気を帯びる特性がある、太古の時代の木が(ウィットビーのものはおよそ182万年前、ジュラ紀の頃であると推察されています)由来であるなどジェットと琥珀には共通点があります。でも両者には決定的な違いがあってそれは琥珀は木の樹脂が化石化したものであるのに対してジェットは木そのものであるということです。ただしこのことが判明したのは20世紀になって顕微鏡で確認されてからです。それ以前はジェットも琥珀同様樹脂が化石化したものだと考えられていました。

ヨーロッパがキリスト教化されて以降はジェットは十字架やロザリオ、変わったところでは聖地巡礼者の証(お土産)として作られた聖人像に使われるなどキリスト教会にとって非常に重要な宝石となりました。また民間においても魔除けとしても大切にされてきました。しかしやがて17世紀の宗教改革を迎えると偶像崇拝につながるものはことごとく否定され、教会とジェットの蜜月の月日は終わりを迎えます。

そして時代は更に下って1800年。ウィットビーの旅館の亭主ジョン・カーターと相棒で画家のロバート・ジェファーソンは地元ウィットビーで採れたジェットでロザリオやネックレスなどの装身具を手作りしていました。それぞれ本業があったので装飾品作りは副業。使う道具もシンプルにナイフとヤスリだけでした。

気楽な副業だったジェットの装飾品作り。やがてそんな彼らの作った作品が1ギニーもの高価で売れるという僥倖が起こりました。ギニーの名の由来はギニア産の金により鋳造された金貨のためです。現代では使われていませんが1ポンドに対して1シリング(=12ペンス)分価値が高く、一般庶民には殆ど無縁のものでした。ギニーは通貨としての流通が終わった後もイギリスでは美術品や宝飾品、弁護士への謝礼、不動産取引といった高価な取引をする際の単位として20世紀の1971年になるまで使われ続けていました。19世紀初期の当時、彼らの作ったジェットがいかに価値あるものとして認められていたかがお分かりいただけることでしょう。

このことですっかり自信をつけた二人は本格的にジェットの装飾品作りに乗り出すようになりました。1810年に最初の工場を建設し、道具も揃えて機械化を図りました。

機械化といっても現代のような全自動ではもちろんありません。ジェットはダイヤモンドと同じで「磨く」という工程が必要です。磨くことによって暖かみのある漆黒の輝きを放つのです。ジェットは一定に設定された力で高速に磨く方が人間がヤスリを手に持って磨くよりも綺麗に輝くのです。


*明日に続きます。


漆黒が美しいジェットが大好きなのでつい熱く語ってしまいました。ショップサイトに新しくコラムのコーナーを設けようと考えているのですがあまり詳しく掘り下げ過ぎると長過ぎてしまいますし・・・難しいところです。

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