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パリでの出来事 [monologue]

ニュースになっているので御存知の方も多いと思いますがパリでのテロ事件

容疑者はアルジェリア系ですがパリ出身とのこと

(国籍は)フランスだけど「フランス人」ではない

池田理代子さんの「栄光のナポレオン」の一節を思い出しました

第一話で新聞記者のベルナール・シャトレが語ります

そりゃあ彼がコルシカ人だからだよ
長いこと独立闘争を戦ってきてる島だ
どうやって仲間とやっていけばよいかよく心得ている

パリ市の真中で大砲をためらいもなくぶっ放せるほど果敢なのはフランス人ではないからだ

われわれの文化、われわれの芸術、われわれの街
彼には壊しても惜しくなんかないからだ

権力を得るずっと前のお話ですがナポレオンがパリの真中で大砲を砲撃したのは史実です

今回のテロリストもフランス人であったのは国籍だけで、

個人の基本的人権の尊重、表現の自由、政教分離、民主主義

フランスをはじめとする西欧の文化、価値観を尊重できていない彼らは、

生まれがパリでも本質的にフランス人ではなかったということなのでしょう

所は変わって初めてロンドンを訪れた時の驚きのひとつが移民の多さ

なかでもムスリム(イスラム教徒)の多さです

髪にスカーフを巻いているくらいならまだしも、

鼻や口も隠れて目だけが出ている真っ黒なチャドルを着ている女性を見た時は、

サウジアラビアかと思ったくらいです

身内や同じ移民が多く住むコミュニティーに居ては難しいかもしれませんが

そこから離れて自活すれば伝統や宗教の名の下に自由を抑圧するような服を脱ぎ捨て、

同調圧力や抑圧的な干渉をされることなく自由に生きることができる

イギリスは(自己責任のもとで)個人の自由が尊重される国なのですから

何よりも大切にしなければならない個人の自由に比べたら宗教なんて何の価値もないです

自由の国で暮らしているのに自らの自由よりも宗教を重んじ、

実際に暮らしている国の文化や価値観を受容せずに、

自らを縛りつけるような宗教にすがりつくのは自らが考えることを放棄しているから

でも自ら考えることを放棄するのは堕落

その堕落が究極にまで達した結果が今回のテロ

殉教と言うけど死んだ後に天国があるかなんて生きている人は誰も知りようがないのに、

経典に書かれているからといって死んでも構わないとテロを起こすなんてどうかしている

この世界がどんなに酷く、宗教的理想とかけ離れていたとしてもこの世界で生きていくのだから、

個人としての最良の生き方を求めていくようにするべきだと思う

宗教を信じて幸せになれるならこの世に不幸な人はいないのですから

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