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とある方が [アンティーク]

39年前に書いた著作の中でこう述べておられます

今、生きているということは、何ら輝かしいことではない。
特殊なエリートを除いて、あとはほとんど懐疑に満ちて暮らしている。
一生働き続けて、自分は一体、社会に何をなし得るだろうかと。
自分でなくても、誰かが、自分の代役を果たすだろう、
という思いがたまらないのである。
多かれ少なかれ、自分の落ち着く先を感づいている。
第一、職場にいても、自分がやめれば、たちどころにその日から、
誰かがその仕事を代わってやるので、
自分は職場になくてはならぬ人物とは思えない。

・・・・・・・

21世紀の今、落ち着く先を感づくことさえできず、

その仕事をいつまで続けられるのかも分からない

39年前より状況は悪くなっていると思うけど、

そうなったのは上に述べられているようなことの積み重ねの結果なのだと思う

冷たいとか冷淡を通り越してもはや冷酷と言っていいようなことや、

心の荒みようを感じさせられるようなことが今年になってから多い

ここから・・・良くなっていくことはありえるのかな?

・・・・・・・

自分も“社会の一員”だから、

この社会と無縁として生きていくことはできない

でもどんな世の中にあっても輝かしい自分でいられる

荒みとは無縁の心のあたたかい自分でいられる

全ては自分次第

全くの無明など・・・ないのだから

・・・・・・・

無明の完全なる暗黒の世界など・・・ない

「希望の光(Ray of hope)」が僅かでもあれば輝けるのです

気付かせてくれたのは暗闇の中、

さしこんだ僅かな光によって輝いたダイヤモンドを見た時

アンティークジュエリー

あなたの心のともし火とともにあるもの

_RIM2649

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