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自己犠牲 [monologue]

まだブラック企業などという言葉もなかった時代ですが僕が最初に勤めた会社は今でいうところの完全なブラック企業でした。しぶとく生き残っていますが一部上場なのが今でも信じられません。ある日会社の社内報で社長が会社のための「自己犠牲」の崇高さを熱く語っていました。でも僕は他人に求められたり強いられたりする自己犠牲なんて自己犠牲じゃないと心の中で思っていました。そもそも人は誰かを助けようとはなかなかしない利己的なものだという思いもありました。

人間に限らず高等動物になればなるほど利己的になるのかな?ある山でイタチが一匹のウサギに狙いを定め、ひたすら追いかけ狩りをしていました。ウサギは必死に逃げ出します。集団での狩りではなくイタチは単独行動。対して追いかけられているウサギの周りにはたくさんの仲間たちがいます。でも周りのウサギはただ傍観するばかり。力を合わせればイタチを撃退し仲間を助けられるのにそうしようとしない。ウサギは逃げ切れずとうとうイタチに狩られてしまいました。アニマルプラネットをつけた時にちょうど流れていた映像でひとつの例に過ぎないかもしれませんが大変ショックを受けました。助けられたはずなのに助けようとしなかったことが。数も、力も(イタチの勝機は俊敏な動きにあります。追い続けて疲れさせ、素早く仕留めなければ力の強いウサギに逆襲されてしまいます)ウサギの集団の方が立場は上なのに。

以前にも書いたことがありますがネズミでさえ仲間を助けるために我が身を犠牲にしますし、もっといえばこれは最近知ったのですが単細胞でさえも自分の種族、仲間を守ろうとするのです。ある単細胞生物が食べられてしまう時、最後に毒素を吐いて他の仲間に犠牲が広がらないようにするのです。高等生物とはかけ離れた存在なのに・・・。

いざっていう時、僕は身を捨てて誰かのために何かをできる人間だろうか?もっと若かったころは今よりそうできていたかもしれない。よりかかられて重みに・・・とうとう潰れてしまったけれど。今ならどこまでできるかは分からないけれど、たとえ一人でも、誰かに頼られ必要とされてみたい。自分のためにだけでは生きられない。最近つくづくそう思う・・・。

day013

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